波間に浮かんでいるけど立ち止まってはいない。
まっすぐ進むその向こうに待っているものを目指してる。
立ち止まったりしたとしても、進まなくなることはない。
後ろを振り返ることは、けして、ない―――。


*** *** ***


「あ、ちょっと待ってて」
ナミはカモメにそう言うと、ぱたぱた、と船の縁にカモメの郵便屋を待たせたまま駆け出す。
昨晩までにしたためた、手紙が、自分でも驚くほどに枚数を重ねてしまっていた。
それだけで重いのはわかっているのだが――――。


「きゃっ! !」
「…て…」
いつもの彼女らしくなく甲板に寝そべる彼に躓いてしまう。
甲板にいる例の寝ぼすけは鈍く小さく反応を返した。
「……」
一瞬何か文句を言ってやろうか、と思ったが、やはりやめた。
そのまま無視して船尾へ向かおうとしたのだが、無骨な手に片足首を掴まれ、そのまま叶わなくなってしまった。
「…何すんの、放しなさいよ、急いでんだから!」
顰めた顔で緑の頭を見下ろすと、無言で語るその瞳が小さく動いて、足を掴んでいるのと反対の手のひらに掴んでいたものを、ポン、と空高く投げた。
「それ、取りに行くところなんだろ」
ナミの目の高さに落ちてきたオレンジ色の丸いそれを、慌てて腕を延ばし受けとめる。

「……何であんたがこれ持ってんのよ…」
ナミは複雑な顔で呟いた。
怒る気にはなれない。
怒る気分に、なれない。
「待たせてんだろ、さっさと行けよ」
彼女がそれを受けとめたのを確認すると足首の戒めをとく。
また眠りの体勢に戻ろうと片腕を枕にしたが、彼女の目が自分の左腕辺りに落ち、離れないので面を上げなおす。
「…何だよ」
「……アンタ、焼けたわね」
ナミは少し虚ろな瞳でぽつりと言った。
「……おまえ、自分を鏡で見てるか?」
人のこと言えないだろ、というような意味合いのことをゾロは返した。
「…知ってるけど」
まだ何かを言いたげな彼女に少し溜息をついてゾロが口を開こうとした瞬間、船内からのドアが開き、ウソップが心持ち慌てた様子で顔を出した。隣にチョッパーがいる。
「ナミ、ナミ、あれってもしかしてそうだよな?俺もあるから、ちょっと待てよ、待つように言っとけ、すぐ取ってくっから!」
息継ぎせずに一気に言うと開いたドアはすぐ閉じられた。
一緒にいたチョッパーの「あ、待って!俺も!」という声が途中で消える。

毒気というか、タイミングを削がれた形で、ナミとゾロはお互い顔を見合わせて黙る。
ナミは船の縁に背を預けて手の中のみかんを転がしてみた。
相変わらず丸くてオレンジ色で甘そうで美味しそう。
ベルメールさんのみかんを、彼女に渡す意味が伝わるだろうか。
ひとつしか渡せないのは残念だけれども。
「…いいんじゃねェの」
みかんを見つめたままの彼女に今度は仰向けに寝転がったゾロが、青く澄んだ空を見上げてそんな風に呟いた。
「…うん…」
それだけしか言葉にならなくて、ナミはどうしてだかもどかしい思いで並んで空を見上げた。
ひとつ大人になった離れた彼女へ、伝えたい言葉を抱えて。

***

「悪ィ、待たせた!まだ大丈夫だよな?」
「…大丈夫よ。それ?」
「おぅ、見んなよ、と言いたいとこだが、おまえらには特別見せてやる」
再び慌ただしくドアを開けて戻ってきたウソップが腕に抱えてきたのはスケッチブックだ。彼がローグタウンで買ったもののひとつだと言うことをナミは知っている。
「でも、それ重いわよ。中の1枚よね?」
「まぁな、俺さまの傑作集だからして、全てはやれねェが、な」
ナミはスケッチブックを受け取るとパラパラとめくり、最後のページをじっと見つめた。
ゾロも立ち上がり二人の後ろから覗き込む。大体何が描かれているのかは想像がついていた。
「……オッケー。これはずして、丸めて何か紐でとめたらいいんじゃない。コレと一緒にあの郵便屋に頼むわ」
「紐も持ってきてる。んじゃ一緒に頼むぜ」
ナミが敢えてその絵に対するコメントを差し控えて言うと、ウソップは紙を丸め出す。ゾロがぽつりと零した。
「…ウソップ、コレ、あいつらにも見せたのか?」
「…いや?見せてねェよ。……それより、チョッパーは?」
ウソップはゾロの方を見ずに、丸めた紙を紐で括りながら答える。
「うん、俺はこれ」
慌てたせいで上気した頬の彼を目を細めて見、小さな薬瓶を乗せた手のひらから受け取ると、ナミは無言でウソップの丸めた紙と、みかんと一緒に抱え、「じゃ、これで締め切りね」と歩き出す。
「…他のやつらはいいのかよ?…その……ゾロ、とか…」
小さく付け足した語尾にゾロが顔を僅かに顰める。
ウソップの問いにナミは郵便屋の首に纏めた荷物を括りつけながら背中で答えた。
「もうこれ以上重くなったらあの郵便屋が大変でしょ。荷物落とされても困るし。愛情弁当だの肉の固まりだのを持ってこられても困るのよ」
「…確かにな」
どこか生真面目に頷くウソップをナミは振り返らなかった。


*** *** ***


船の船首は相変わらず船長の特等席だ。
船首の頭に胡座をかいて座り込んだ船長の目は、まっすぐ前を見て揺るがない。
サンジは船首の隣の手摺に頬杖をついて彼が見つめるものと同じものを見つめる。

「…海はいいよな」
ぽつりと船首の上から声が落ちてくる。
「…そうだな」
煙草の煙を一吐きして答える。
眼前の碧い海は変わりがなく、果てなく、今は静かに広がっている。


船も島も見えない。


グランドラインにあって、今進んでいるこの瞬間の海はやや穏やかで、やはり似てはいないのに、故郷の海を思い出させる。


「…海が好きだ」
再び似たような言葉が落ちてくる。
「…そうだな」
煙草の煙をもう一吐きして答える。
ほとんど咬んでいるだけの煙草がじりじりと短くなっていく。


「…おまえさ、……」
「…うん…?」

「…やっぱり、おまえらしいよな」
「…そーか」


傍目には会話になっていないようでも、お互いに言いたいことはわかっている。
会話のテンポが緩いのは、そういうことなのだ。きっと。


「…おまえもな」
「…そーか」


船首の影は揺るぎなく、煙草の灰だけが増えていく。



「この船はいい船だ」
「…そうだな」

「次の島はどんなんだろうな。まだまだ強い奴が沢山いるんだろうな、楽しみだな」
「…そうだな」

無意識に内ポケットに手をやって、今銜えている煙草が最後の一本だということを知る。
部屋に取りに戻る気にはなれずにいたところにまた声が降る。

「…サンジ、……」
初めてルフィの黒い瞳が彼の仲間を捕える。
彼の瞳は目の前の波のように穏やかだ。
「…何だよ……」
緩やかな風に靡(なび)くその色素の薄い頭が、初めて彼の船の長を振仰いだ。
煙草の煙はいよいよ終わりを告げるかのように色を濃くする。



「腹、へった」



真顔でぽつりと零す彼にサンジは短い煙草を唇から抜き取った。



「わぁってるよ」



左腕でスーツの右の後ろの襟を引っ張り上げる。
これから自分は戦闘に行くのだ。
身を正さなければ食材達に失礼だ。
そしてその身を返して歩き出す。



「肉、な」

振り向かない麦わら帽子が言う。

「わぁってるよ」

すっかり燃え尽きた姿の煙草を右の二本の指で挟んで挨拶代わりに掲げる。


***


船の先には夕陽が大きくなってきている。
明日も恐らく晴れるだろう。
だけど夕立ちがあるかもしれない。
雪も振るかもしれない。

ここは先の見えない海。

だけど目指すものは見えている。
自分達の気持ちは同じで。変わらなくて揺るぎなくて。

旅は続く。

海が続いている限り。

自分達の夢が続いている限り。


降っても晴れても、同じこと。
走って歩いて辿り着くように。

いつか、そう、いつか。


だから、「おかえり」とか「遅かったな」などの練習はしない。
できない。
自分達は。


そしてきっと明日も忙しい。

弛めた気だとかだれた気とか。
そんな暇はひとつもない。

だからと言ってカリカリするわけでもない。


譲れないものがある。
それだけ。


空が青くて、海は続くから。
それだけ。


―――だけど明日も晴れるといい―――


すっかり赤くなった空を見上げて、船首に居座ったままの彼の影と、同時にキッチンの扉に背を預けた彼から流れ出た言葉を、空と海だけが微笑むように聞いていた。


―――大丈夫、晴れるわ、きっと―――


ここには居ない、ひとつ大人になった誰かの声が答えた気がして、
麦わら帽子がふ、と風に微かに揺れた。


FIN,BUT NEVER ENDING.


「Wild Rose Water Shower」のくりた えあ様から戴いた、
王女誕生祭の投稿SSです!
静かに分かり合っているルフィとサンジの会話が素敵ですvv
えあさん、ありがとうございます〜v

錆流万歳!(^^)



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