「トニー君」

 声が聞こえた気がして振り返って見たけど、やっぱり居ない。

 そうだよな。おれの事ああやって呼ぶのはひとりしか居ないんだから。

 そうして、もう、ここには居ないんだからな。

 

 風が穏やかだった。

 太陽も眩しすぎじゃなくて、ぽかぽかしてて良いカンジだ。

 そう、すごい昼寝日和ってヤツで。

 そんな事考えながら甲板を歩いてたら、ゾロがおれのこと呼んで。

 

「……枕がねえな。おいチョッパー、ちょっと来いよ」

「……おれに枕になれってことか?」

「いやまあ、……そう云う事だがな。お前、眠く無いか?」

「おれ、枕じゃないし眠くも無いぞ」

「ああ、悪かったな」

 

 それだけ言うと、おれに背中を向けてごろりと横になって、それから数秒もしないウチに

大きないびきが聞こえてきた。

 ……枕、いなくなっちゃったもんな。

 代わりに自分の腕を枕にいびきをかいてるのをみたら、なんだか良くわかんないけど、

ちょっとだけ胸のあたりがもやもやってなって。

 だから、その背中に背中をくっつけて、おれも昼寝をする事にした。

 

「ゾロ、チョッパー、御飯よ」

 瞼の裏の赤い色が黒く変わって、ちょっとだけ涼しくなったら、

頭の上から声が聞こえた。

「腹巻きはともかくとして、あんたまで二度寝なんて珍しいわね」

「二度寝?昼寝じゃないのか?」

「馬鹿ね。昼寝ならせめてお昼御飯食べてからにしなさいよ」

 まだゾロ寝てるぞ、って言ったら、どうせ起こしたって起きやしないんだから放っときなさい、

ってナミが言って、おれたちはゾロを置いてキッチンに向かった。

「朝御飯、二人分多かったよな」

「……お昼もよ。案外気にするタイプみたいだから、その事は口にしちゃダメよ」

 きっと今頃は綺麗に隠してあって、多分ルフィのおかわり用になっちゃうだろうから。

 ナミは、おれのカオを見ないでそう言った。

 ナミがひとのカオを見ないで話すのは珍しいな、って思った。

 

 サンジの作るメシは相変わらずうまいけど。

 作ってるサンジはあんまりうまくなさそうに食べてた。

 だからおれは、本当にうまかったから、うまいぞって言ったのに、

 サンジはいつもみたいに笑ってくれなくて、でも笑って、「ありがとよ」って言った。

 多かった二人分は、ナミが言った通り全部ルフィのハラに消えた。

 

 片付け手伝うぞ、って言おうとしたら、ウソップがおれのこと呼んだ。

 船底が危なっかしいからちょっと見に行こうって。

 こないだ、忙しくて応急処置のまんまだもんな、って言ったら、そうだな、って。

 怒ってる訳じゃないみたいだけど、なんだか怒ってるみたいに言ってた。

 おれは人型になって、ウソップの道具とか持って手伝ってた。

 ウソップは、いつもみたいにたくさんたくさん話をしてくれたけど、

……なんでかな、今日は面白かった話ばっかりで、おれの事怖がらせたりしなかったんだ。

 

 それから、……ルフィはいつもと同じだった。

 いつものひつじの頭に座って、ずっと海を見ていた。

 今日、なんだかみんな変じゃないか?って聞いたら、

 ああ、そうだな、って言ってた。

 

 なんだか変だ。

 ずっと胸のあたりのもやもやが消えない。

 どうしてかな、あいつは笑ってたのに。

 あいつは、いっぱい泣いてて、そうして笑ってたのに。

 笑ってたのに。

 

 トニー君、って呼ばれるの、なんだかくすぐったかった。

 いつもおれは、ドクターに名前をもらった瞬間から、ずっとずっとチョッパーって呼ばれてて、

トニー君って呼んだのは、あいつがはじめてだったんだ。

 

 もしかしたら。

 あいつらが居たら、ゾロが昼寝しても、……二度寝しても、おれのこと枕にしなくて。

 あいつらが居たら、ナミは呼びには来なくて、『遅いわよあんた達』とか

言いながらキッチンで待ってて、ちゃんとおれたちのカオをみてそう言って。

 あいつらが居たら、二人分多かったりしなくて、それからサンジだってもっとうまそうに

メシ食ってて、ルフィに『食い過ぎだ』とか怒って、それからおれがうまいって言ったら笑って。

 あいつらが居たら、お手伝いはおれじゃ無くて。でもおれも手伝いに行って。

それからウソップはいっぱい話をして、おれたちのことびびらせようとしてて。

 

 だって、ちゃんと枕があって。

 だって、ちゃんと呼びに行く係りが居て。

 だって、ちゃんと人数分で。

 だって、ちゃんと驚くのがおれひとりじゃなくて、それから『そんなに怖がらせたら

可哀想ですよ』って止めてくれるから。

 

 だって、ちゃんと、8人だから。

 

 急に胸がもやもやしてた意味がわかった気がした。

 今日のみんながちょっと変だったのもわかった気がした。

 だけど、……だけどおれは泣いたりしないんだ。

 あいつらは、笑ってたんだから。

 笑ってたんだから。

 

 泣いてくれた。隠したりしないで。

 お別れを言いに来てくれた。ふたりだけで。

 『×』のしるしをかかげてくれた。笑いながら。

 

 だからおれたちはみんな、すごくすごく嬉しかったし、

……嬉しかったけど、

 

 ひつじ頭のところに戻って、それからおれはルフィに言った。

 

 「嬉しいけど、淋しいな」

 

 そしたらルフィはまた、そうだな、って言って。

 でもあいつら、笑ってたもんな、って言ったら、おれのことみて、おう、って笑った。

 

 おれたちはずっとずっとあいつらと仲間で。

 おれたちはずっとずっとあいつらの事大好きで。

 おれたちはずっとずっと、……多分淋しいけど。

 

 でも淋しいのはきっとあいつらだって同じはずで。

 だけどおれたちだって泣かないでしるしをかざしたんだから。

 何があったってずっと仲間だって。

 

 だからあいつらは、淋しくったって笑ってるはずなんだ。絶対に。

  

 そう思ったら、ちょっとだけ胸のもやもやが軽くなった気がした。

 だけどおれのこと、トニー君って呼んでくれたのはあいつだけで。

 やっとトニー君って言われるのあんまりくすぐったくなくなったところだったから、

やっぱりちょっと淋しいかな、って思って。

 だけどあいつ以外のひとにそう呼ばれるのは嫌だな、っても思って。

 だってそれはあいつだけのトクベツだったから。

 

 いつか淋しくなくなる日が来たら、それもちょっと淋しいな、って思って。

 ……こんなふうにずっと淋しいのも、ちょっと嬉しいのかな、って思った。


「ほわいと*まっぷ」のくらもち しろ様のフリーSS。
チョッパー……!!
なんてかわいいんだ!!
クルーの寂しさの現れ方も、明らか過ぎず何気なく、でも本当に寂しそうでじんときます。

しろ様、ありがとうございます!! ああしあわせ……



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