「ミス・ウェンズデー?」

「………Mr.9?」

 

 目を開けて、いちばんに飛び込んだのは。

 少し困ったカオをしたあなた。

 

「……どうして、此処に?」

「や、……ええと、すまない」

 

 ゆっくりと身体を起こす。

 何故か焦るあなたの背後には、見なれた筈の、

 

「いや別に、深い意味なんて無いんだ、別に……」

 

 薄暗い、部屋。

 住み慣れた筈の。

 ……筈の。

 

「ホントだぞ、ホントにたまたま喉が渇いて、それで水を飲もうとしたら、

そうして部屋の前を通りかかったら声が聞こえたから……」

「声?」

「ああ、……なんだか随分うなされてたみたいだったから、それで……」

 

 ああ、夢を。

 夢を見ていたのだろうか。

 長い、長い夢を。

 

「起こして済まなかったな。おやすみベイビー」

 

 あなたは笑って、そうして一度だけ私の頭を撫でて。

 背を向けて、部屋を出ていこうとした、から。

 慌てて、その腕を掴んだ。

 

「ミス・ウェンズデー?」

「夢を、見ていたの」

「……ああ」

「とても、とても長い夢よ」

 

 私は砂の国のお姫様なの。

 私の大好きな砂の国は、悪いヤツに乗っ取られそうになっていて。

 大切な雨を奪われて、たくさんのひとが苦しんでいて、

 たくさんのひとの心が渇いてしまって、たくさんのひとが争いをはじめてしまったの。

 たくさんのひとが傷つけあっているの。誰も間違いに気付いて無いの。

 傷つけ合うのは間違っているのに。

 憎み合うのは間違っているのに。

 悪いヤツはただひとりなのに。誰も其れに気が付かないの。

 だから私は……此処に……

 

 あなたは黙って聞いてくれた。

 私が掴んだ腕を解こうともせずに。

 あなたの目を見ることも出来ず、うつむいたままの私の話を。

 

 そうして、海賊が来たわ。

 でもね、とってもいい海賊なの。

 此処に居た私を、砂の国に連れて帰ってくれたわ。

 此処に居て、何も出来なかった私を連れて、

 チカラの無い、私を助けてくれたの。

 チカラの無い、……なんにも出来無い私を助けて、それから、

 それからね、悪いヤツをぶっ飛ばしてくれたのよ。

 たくさんのひとが傷付き倒れ、

 たくさんの命が奪われてしまったけれど、

 だけど、もう、……悪いヤツは砂の国からいなくなって、

 砂の国には平和と、それから雨が戻って来たの。

 

 「雨が戻ったのか」

 「ええ。……戻ったの」

 「良かったな」

 

 薄暗くたって、解る。

 2年もすごした部屋だもの。

 見なれた筈の、住み慣れた筈の、……筈の……

 

 顔を上げれば、私に腕を掴まれたままで、

 

「悪夢が、終わったんだな」

「……悪…夢……」

 

 あなたは笑う。

 いつもの様に。

 見なれた筈の、

 

「もう、うなされなくて済むな」

「だけどっ」

 

 見なれた筈の景色。

 見飽きる程に、見なれた、

 

 なのに、懐かしいのは

 

「だけど、あなたが居ないわ」

 

 言葉にした途端に、大粒の涙が

 

「雨が、……人々の心に潤いが、笑顔が戻って。

……なのに、あなたが居ないの」

 

 私が欲しかったもの。その大体は取り戻せたわ。

 でもその代償は、あまりにも。

 

「私はあなたに嘘をついていた。いつか必ず裏切る事になると知っていて。

知っていて何もかもを黙っていたの。まるで何にも知らないみたいに。

何にも知らない振りをして、まるで当たり前みたいにあなたの隣に居て。

一緒に仕事をして、喧嘩をして、どうでも良い話をして、毎日毎日」

 

 決して泣かないと決めたあの日は、とてもとても遠くて。

 

「知って居たくせに。

 毎日毎日一緒に居て、一緒に御飯食べて、それからお茶を飲んで、

あなたが新聞を読んだり、私が雑誌をひろげたりしたりして、

そうしてつまらない事を喋って、二人で笑って、……笑って……」

「我が社のモットーは『謎』だ。違うか?ミス・ウェンズデー」

 

 唐突に降ってきた声に、……聞き飽きる程に聞いた筈の声に顔をあげれば。

 

「君は嘘なんか付いていない。規律を守って何も言わなかっただけだ」

「だけど、」

「そして俺も何も言わなかっただけ。だろ?」

 

 何も。

 私はあなたに何も言わなくて。

 あなたも私に何も言わなかった。

 私はあなたを何にもしらなくて。

 あなたも私を何にもしらなかった。

 

 だけど、それでも、其処には、

 

「あなたは私を護ってくれた。いつも。あの時も」

 

 最後の時だなんて言わない。思わない。絶対に。

 

「なのに、私は一度だって、あなたに、」

「ちゃんと君は生き延びて、そうして終わらせたんだろう?

だったらそれで十分じゃないか。君は君のチカラで終わらせたんだ」

 

 あなたが、笑う。

 いつものように。

 あなたが……

 

 長い、長い。

 ……短い、夢が。

 

「悪夢が終わる。

 さあ、目を開けるんだ、ミス・ウェンズデー。……いや、君は……」

「ミス・ウェンズデーよ」

 

 今目を開けたら。

 あなたはまた、隣には居なくなる。

 もしかしたら、もう二度と、

 

「……そうだな、ミス・ウェンズデーだ」

「そうしてあなたはMr.9ね」

 

 頷いて、少しだけ照れたように笑う。

 それだけで心のなかがふわりとあたたかく満たされて。

 私も笑って、

 

「悪夢なんかじゃないわ」

 

 涙を拭う。あなたを焼きつける。

 声を耳にしみ込ませて、手のひらの温もりを刻もう。

 

「悪夢なんかじゃなかった。……夢なんかじゃなかった。

あの時間は全て存在したわ。そうしてこれからだってずっと」

 

 私を見て。声を聞いて。手のひらを覚えていて。

 どうか、あの時間を、

 

「悪いこともたくさんあって、夢にしたいこともたくさんあって。

だけど、悪いことばっかりじゃ、決してなかったもの」

 

 悪い未来を想像して、切羽詰まって苦しかった時でも、

 必ず其処にあった、穏やかでやわらかな空気。

 

「そして此れも、夢なんかじゃない。

……だって、あなたは、ちゃんと居るんだから」

 

 隣では、ないけれど。

 ……隣ではない、何処かに。

 

「でしょう?」

「だな」

 

 ずっとこのままこうしていられたなら。

 あなたが悪夢だと言った、この夢を、

 ……世界中でいちばん優しい悪夢を見続けていられたなら。

 眠り続けていられたなら。

 

 「さあ、朝がくるぞ、ミス・ウェンズデー」

 

 でも。

 私は目を開けよう。この夢を終わらせよう。

 このまま眠り続けたら、本当に夢でしかなくなってしまうもの。

 夢がただの夢でしかないなんて、私は思わないから。

 

 ゆっくりと、あなたを掴んだ手のひらを解いて。

 

 「またね」

 「ああ」

 

 『バイバイ・ベイビー』

 

 

「おはようビビ。……あら、なんだか嬉しそうね」

「ええ。……わかりますか?」

「なんだかにやにやしてるんだもん」

「ルフィさんは?」

「まだ寝てるわ。……あんたとチョッパーのおかげで、もう熱は無いみたいだけど」

 

 さあ早く顔洗って来なさいよ、朝御飯にするからってあのおばさんが言ってたわ。

 ナミさんの言葉を受け取って、私は素直にそれに従う。

 

 今度はちゃんと言えたわ。あなたと二人で声をあわせて。

 だからね、大丈夫。

 

 夢を夢のままに終わらせるような私じゃないって、

……あなたは知ってるわよね?

 

 会えたら、言うわ。

 今度こそ。

 「ありがとう」と、それからもうひとつ。

 

 早く、あなたに会いたいな。

 驚くカオが見たいな。

 喜ぶカオが見たいな。

 ……早く、伝えたいな。


「ほわいと*まっぷ」のくらもち しろ様のフリーSS。
生誕祭で攫ってきましたvv
Mr.9へのビビの切ない想い。「姫の初恋はMr.9」が持論だそうです。
ラストの一途なビビの言葉がとても可愛いですv



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