「ビビちゃんとお前って、似てる」
そう言うと、羊頭の船首の上で、麦藁帽子を被った頭が真横に傾いた。
「そ−かぁ?
おれはビビみて−にスベスベしてね−し、イイ匂いもしね−し、や−らかくもねぇぞ」
…ナンでンなコト知ってんだよ、クソゴム!?!!
「おれより、オマエの方が似てんじゃん」
……?
「だってオマエら色白いし、それにアオだし」
だからそれは、俺の種と苗床がノ−スブル−系だっただけのコトで。
多分、ビビちゃんのお母様も…。
…って、そ−いうハナシをしてんじゃねェよ!!!
第一、アオってのは、俺の目とビビちゃんの髪の色のコトか?
頭の構造がイマイチわからねェ船長は、しししっ と笑うと
昼下がりの海にそのカオを向けた。
* * *
同じコトを、ビビちゃんにも言ってみた。
キッチンで、夕メシの下ごしらえを手伝ってくれている最中の会話。
お伴の超カルガモは例によって甲板で、クソ剣士の羽根枕にされている。
「やだ、私、ルフィさんほど食べられませんよ?」
俺の言葉を『食いしん坊だ』と言われたものと解釈したらしいプリンセスは
カオを赤らめて反論した。
…いやだから、そ−いうハナシをしてるんじゃないんですが…。
まあまず、こういうトコロが似てるんだよな。
「でも、サンジさんのお料理は、ルフィさんにだって負けないくらいに大好きです」
今のおコトバ、料理人冥利に尽きますよ、プリンセスvv
…でも出来れば、次は“のお料理”から“負けないくらいに”までを省略して言って
いただけると、モット嬉しいんですけれどvvv
貴女の“騎士”としては。
ココロの中がストレ−トにカオに出る王女様は、困ったように微笑むと
豆のサヤを剥く作業に戻った。
『ビビちゃんとルフィって、似てる』
呪文のように、頭の片隅に引っかかるフレ−ズ。
…ドコが?
包丁を手に、考える。
いつも最高に美味そうに俺の料理を食ってくれて、好き嫌いがねェ。
少なくともビビちゃんは、俺の料理に文句を言ったコトがない。
この船のクル−は、皆けっこう味にはウルサイ。
クソゴムは、肉肉しかいわねェ割に、結局は魚も野菜も残さず食うが
長っ鼻は、言わずと知れたキノコ嫌い
マリモ頭は、甘いモノにゃ見向きもしねェし
トナカイは、少しでも刺激臭があると鼻をつまんで食いやがる
ナミさんは、油っこいモノと味付けの濃いモノは喜ばない
…もちろん、ソレは美容と健康のため、スバラシイ心掛けだ。流石はナミさんvv
そういえば、ビビちゃんは一度も皿に食い物を残したコトもない。
(魚の頭だの骨だのは、“食い物”を“残した”とは言わねェだろ?)
食べ終えた食器をキレイに重ねて流しまで運んでくれる時の、あの天使の微笑みvv
『サンジさん、ごちそうさま。とっても美味しかったです』
…だが、まてよ。
“好き嫌いがない”ってのは俺の思い込みで、ただ気を遣ってるだけじゃねェのか?
急に、気になって尋ねてみた。
…プリンセス、今更ですが嫌いな食べ物はありますか?
また、作業の手を止めてカオを上げる。
彼女は絶対に、何かをしながら会話するというコトがない。
「食べられない物は特にないです。
そりゃ、少し苦手だなって思ってた物はありましたけど」
…俺としたことが、全く気づかなかったな…。
ところで、何が?
彼女は少し躊躇った後で、言った。
「私、砂漠育ちだから、生魚なんて食べたことなくて。
それに魚介類も、めったに食卓に並ばないし…。実は、ずっと苦手だったんです」
驚いて、包丁を握ったまま固まった。
今朝のメニュ−は、エビ・タコ・イカに海藻タップリのシ−フ−ド・サラダ
昼のメニュ−は、手打ちのパスタでボンゴレ・ロッソ
そして夕メシには、大漁のサンマもどきをカルパッチョと香草焼きにすべく、現在調理中。
厳しい食料事情から、その日の釣りや漁の成果に依存する日々の献立。
「でも、ココに来てからはサンジさんのお料理がスゴク美味しくて
お魚も貝も、エビやカニやタコやイカも、すっかり好きになりました。
今日の晩御飯も、とっても楽しみです」
ニッコリと。
そんな笑顔で、料理人殺しのセリフをサラッと言わないで下さい。
その威力ときたら、クソゴムの大口開けての『うめぇ〜〜!!!!』に匹敵してますって。
…連想する自分に、思わず天井を仰いだ。
* * *
「ん〜。似てるかどうかは別として、妙に気が合ってるよな。
なんつ−か、同じ波長っていうか」
夕メシ時になってもキッチンに来ねェ長っ鼻を呼びに行った時に、ふと言ってみた。
クソ真面目な狙撃手は、妙な実験道具を片付けながら真剣に考え込む。
「どっちも好奇心強ぇ−し。怖いモノ知らずで無鉄砲だし。
冒険好きで、ビビも細いナリして度胸あるし。
いいコンビっつ−か、………ぁ……」
両手で口を押さえ、だらだらと脂汗を流す。
…貴重な御意見ありがとよ。
お礼に明日の朝メシは、キノコのス−プとバタ−ソテ−だ。楽しみにしとけ!
「そりゃ、てめぇがベタボレしてるってトコロだろうな」
その夜の見張り当番に夜食を渡すついでに、また言ってみた。
返ってきた答えがコレだ。
オイコラ、クソマリモ!!
ビビちゃんは確かにそうだ!否定しねェ!!
だがクソゴムに“べタボレ”たぁどういう意味だ!!?
気色の悪ィコト、ぬかすんじゃねェ!!!!
「てめぇ、自分で気づいてねぇのかよ、エロコック」
気づくか気づかないかじゃね−よ!!
てか、おめェとクソゴムの方が、よっぽどアヤシイじゃね−か!!!
「んだとォ!!?!!?」
見張りを放ってケンカをおっぱじめちまったんで、二人揃ってナミさんに殴られた。
「うん、似てるな」
思わぬところから返ってきた、素直な肯定のコトバ。
昼メシの仕込み中のキッチンに、医学書を抱えてやって来た船医の口から。
ついに異臭を漂わせ始めた狙撃手の工場(ファクトリ−)から、避難してきたらしい。
「だって、二人とも“リ−ダ−”だからな」
気分直しにハ−ブティ−を淹れて置いてやると、自分の考えに同意を求めるかのように
ビ−玉みてェに真ん丸い目玉で俺を見上げる。
「普通は、“群れ”の中にリ−ダ−がニ頭いたら大変なんだけどな。
でもビビは、この船のリ−ダ−じゃないから…。
もうじきカル−も連れて、自分の“群れ”へ帰るんだろう?
…サミシイけど、しょうがないよな…」
じわっと大粒の涙を浮かべるトナカイのピンク色の帽子を、ポンポンと軽く叩いてやった。
* * *
午後のひととき、海図を描いているナミさんにコ−ヒ−を運ぶと、知的なヘイゼルの眸に
ジッと見つめられた。
「サンジ君にも、ハッキリさせる気はないワケ?」
…で、貴女はどっちに賭けてるんですか?
ニッコリと尋ねると、悪びれもせずに返してくる。
「ソレは企業秘密v」
そんなナミさんも好きだvv
…ねェ、もしかしてビビちゃんが俺かクソゴムのどっちかとどうにかなれば
この船に残るんじゃないかとか、思ってませんか?
でも、ソレはないですよ。
生き方と恋愛を一緒くたにはしないでしょ、彼女は。
…貴女がそうであるように。
「そんなの、わかってるわ。でも、だから何も動こうとしないってコト?」
俺だって、もしかしたらとか思わないでもないんです。
二人きりでいる時に、あんな笑顔をされちまうと、特に。
でも、焦って動いて、早い者勝ちのように上手くいったとしても
ソレは美しい思い出の1頁を作ることにしかならない。
俺の中での彼女の存在は、他の大勢の麗しのレディ−達と同じになっちまう。
…そんなの、彼女には相応しくないと思いませんか?
「サンジ君って、ホンットに女好きね」
お褒めに預かり、光栄ですvv
肩を竦めるナミさんに一礼を。
* * *
夕暮れ近い甲板に出ると、飽きもせず羊頭に跨ったクソゴム船長と
その傍で、手すりに肘をついて蒼い髪を潮風に靡かせるプリンセス。
遠くを見つめる眸
真っ直ぐに、前だけを
揺るがない強さ
そして、振り返る笑顔
「おぉ、サンジ!!メシかぁ!?」
「すごくイイニオイですね。私、お腹ペコペコです」
ああ本当に、ひれ伏したくなるホドに。
「今夜のメインディッシュは、魚介類タップリの特製ブイヤベ−スです。
最後に残ったス−プに飯を入れて雑炊にすると、またコレが絶品なんだ」
「肉じゃね〜のか〜〜。でも、うまほ〜〜」
「ホント、美味しそう!」
船首のクソゴムと、舳先のプリンセス。
二人から均等の位置で足を止める。
「…ところで、よく飽きねェな。いったい何が見えるんだ?」
その強さの前になら、跪いてもイイと思う。
その眩しい笑顔を、ずっと見上げていたいと思う。
叶うとか 敵わないとか
そんなコト、どっちだってイイくらい。
騎士はレディ−に仕えるモノだけど
“王”に仕えるモノでもあるんです。