つまりはもともと年上の女性が好きなんだ。


 当たり外れのない、無難なスポンジケーキに生クリームをデコレーションしながら、知らず知らずのうちに鼻歌を歌っていた。パティシェの技は真似事でしかないが、菓子屋だって開店出来ると自負している。
 同じ材料でなら、パンを焼いてオムレツにする方が実利的だというのとは別の次元で、上等なお菓子と香りの良いお茶がもたらす幸福感、つまりは心の余裕を提供出来る自分に浮かれて、舞い上がっている。
「ニコ・ロビン…ロビンさん、ロビンお姉さまvvレディ・ニコ‥‥」
 アラバスタで仕入れて来た干し棗をシロップで煮戻して飾りに乗せ、クリームを絞り出した。
 ひと回り年上の女性に、年令を意識させる呼称は控えた方がいいだろうかと思い、ロビンちゃん、と胸中で呼び掛けてみる。
(ロビンちゃんvv)
(何かしら、Mr.プリンス)
 ばあん、とドアを開け放ち、形から入るのが好きな狙撃手に取り調べを受けている新しいレディに向かって両腕を広げ、叫んだ。
「お姉様!!俺の名前はサンジ!サンジですお姉様!!趣味・特技は料理!職業は海賊料理人!!貴女のために世界中の美味なるものを追求する使命を天より授かった幸福な男です!!!」
「うるせェぞアホコック!!」
「サンジくん、おやつまだ?」
「はいナミさん、ただいまvvv」
 船体の修理途中で放り出してあったハンマーが船縁から飛んで来たのを正確に蹴り戻し、背中を向けたままの航海士にハートを飛ばして、ぱたんとドアを閉めた。
「ナミさんってばジェラシーむき出しで可愛すぎvv」
 俺ってシアワセな奴ですね。
 ポケットの中で音を立てた、小さな金属も軽いものだ。


 建て直し中の店先で、無事だった商品を並べた露店は、いねむりこいた爺さんが店番をしていた。力仕事の邪魔にされたんだろうと通り過ぎようとした視界の端で、花が光を反射した。
 連れの鼻は何やら楽しげに身振り付きで喋りながら先に行ってしまったが、荷物を抱え直してしゃがみ込み、検分していると、爺さんがうっすらと目を開けた。
「‥‥‥ん、いらっしゃい」
「おう」
 太陽の手を借りて自己主張していたのは、繊細なガラス細工のイヤリング。五弁の花を模した、色は上品な淡いすみれ色。
 似合いそうだ、と思った。
 指先で負荷を与えたら、軽い音を立てて割れてしまいそうだった。
 だからどうしても触れることが出来なかったんだ。

 大通りに面した店は盛大に壊れていて、そりゃそうだこの辺りは激戦区だったと、改めて周りを見回してみた。ガレキは少しずつ片付けられ、程度の差こそあるものの、皆笑って忙しく立ち働いていた。まったくなんとも、たくましい。純粋な損害と逸失利益に頭を抱えているやつがいたって良さそうなもんだ。
「あの騒ぎで良く壊れなかったな、こんな小さいガラス細工が」
「強いのさ」
 思わず半ねぼけの爺さんを見返した。
「…運が強いってことか?」
「はじめは運でも、そいつは生き延びた。生き延びてもっと強くなった」
 含みを持たせる間を置いて、爺さんはニカリと笑った。
「プレゼントに最適」
「商売上手ェなクソジジィ」
 しゃーしゃーしゃーと笑い声だか息だか出して、ま、ゆっくり見ろな、と爺さんは言った。
「こんな時だからこそ、大事な女のことを一番に考えにゃあ」
 おろそかにすると後が怖い。あの時あんたは仕事仕事で全然構ってくれなくてあたしだって疲れて寂しかったのにとか言われてな。
「そりゃなんかの経験上かよ。けっこうやるなジジィ、女房泣かせたクチか?」
 指先で摘まみ上げた可憐な花の、その軽さといったら。彼女の細い肩の上で、長い髪の中で、柔らかい耳を飾ったらどんなにか綺麗だろう。
「おいおいおいおい何やってんだよサンジ! まだなんか買うもんあるのか?」
 不必要に騒ぎながら戻って来たウソップが、露店の品物を見てへえーと間抜けな声を出した。
「いいジャンクだな! 爺さんそっちのスプリングの篭とメーター見せてくれよ!」
 言われて見れば、機械部品が山になった一角があった。古道具と骨董品が大勢を占める商品の中で、真っ先にゴミに目が向くこいつもこいつだが、ほんの数個のアクセサリーに立ち止まった俺も俺だ。
「よーよーウソップよー、これどうだ?」
 でかい篭に入って絡み合ったバネを掻き回していたウソップは、ここは一体なんの店だったんだよと爺さんに話しかけていたが、掲げて見せた小さな花に、一瞬目を見開いて、俺を見て、花を見て、俺を見た。
「…いいんじゃねぇ?イメージだよな」
「んじゃ爺さん、そっちのくれ」
「なんでだよ!」
 バネを弾き飛ばしながらウソップが怒鳴る。
 俺が指差したのは黒ずんだシルバーの、眼窩に赤いガラス玉をはめ込んだリアルな髑髏。
「こんな華奢なんじゃ、海賊稼業じゃ壊れちまうだろ」
 分かってる。分かってるからなんも言うなよ。


「これが俺たちに出来る、精一杯の勧誘だ」
 白い手の平に冷たい金属を滑り込ませて、王女様には絶対に似合わない、そんなアクセサリーは。どうか身に付けないでくれ。
 君がそれを耳に飾る時が来たなら、その時はきっと、あいつの側だろう?
 迷いなく手を差し出して絶対来いよと誘う、あいつの側だろう?



 一つだけ渡したその片割れは、スラックスのポケットで軽く、重い。
 いつかはポケットに穴が開いて、無くしてしまうだろう。
 無くしても気付いたりはしないだろう。気付いてたまるか。
 忘れるほどにポケットで磨かれて、海賊の耳飾り。



「ぜんまい稼動」のみつる様から投稿でいただきました!
やったよ母さん!(誰
もう嬉しすぎで管理人壊れてます。へろへろです。
矛盾行動に萌えます。失恋確定がわかっていて、勧誘材料をまさにピンポイントでそこに持ってくるとはなんて自虐的なんだサンジ馬鹿野郎(笑)
ありがとうございますみつる様!






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